薪ストーブ屋の活動記録
by country-log
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結婚してから年数を重ね
節目の年となった今年
ローマの休日でもと思っていたが

1週間の休暇は取れそうもなく
それは先の楽しみとして
今回は茨城空港利用で
北海道を旅してきたが・・
時が移れば道路や町並みが
様変わりであることは
何処に行っても感じることだが
今回、特に感じたことは
外国(chaina系)からの観光客の
想像以上の多さで
洞爺湖のホテル 6-7割
小樽のガラス工芸のショップ街と
ファーム富田は半分がそうだった。

まぁ日本人も以前、ハネムーンで
グァム、サイパン、ハワイへ出かけ
市町村議員や中小企業のオジサンたちも
視察・観光とやらで台湾、タイなどに
何を視察に行くのか? という旅を
散々 してきたし そういう私も
仕事で出かけたバンクーバーや
バンフのショップでは
日本語OKの看板の店があって
そこでは日本人が接客をしていて
バンクーバーの巨泉さんの店で
ショッピングをした時など
売り手、買い手とも日本人で
これじゃバンクーバー市民も
苛立つななんて 当時は思ったけど・・
今、小樽のショップでChaina系の人が
中国人観光客へ販売している様を見ると
否が応でも時の流れは感じる旅でした。
この季節に 1,2度
姿を見せてくれるが
いつも 私が汗をかき
少し疲れたなと 思うときだ。

頑張っているね・・・
少し 休んだら・・・?
と 話しかけに来たかのように
頭上を ブーーンと 2廻りし
林の中へ 消えて行った。
早朝の山道ウォーキングでは
数多くの小鳥のさえずりに囲まれる
そして時に メジロの鳴く声を聞くと

小学高学年の頃の遊びだった
メジロ獲りのことを思い出す。

キャッチ&リリースなどはせず
家に持ち帰っては
リンゴ箱を改造した巣箱で飼育した。
改造といっても
フタだった箇所に金網を
張り付けただけの簡易なもので
そこに小枝を2-3本、
差し込んで止まり木とした。
捕獲に出かける前日には
トリモチを巻きつけるための
クリの木の小枝などを用意し
トリモチの粘着を確認したり
メジロの鳴き声を真似たりもした。
11月頃だったと思うが
夜明け前の暗い山道を
メンバー2、3人と20分位、歩いては
メジロと遭遇しそうな候補地に着くと、
それぞれが適当な松の木に
オトリかごをぶら下げ そして
その周りに偽枝を数箇所セットした。
さえずりが大きく、よく鳴く
オトリを持ち込むのだが
必ずしも現場で期待通りとはいかず
本番で決定力を欠く
日本代表のようなメジロの時もあった。
野鳥は朝、起きると最初に
小川のある谷に下っては水をのみ
そして戻ってくる習性があるらしく
その時間帯まで身を潜めて
静かにメジロを待つことになる。
そして一群が近づいて来ると
何とか自分のセットした偽枝に
止まらないかと 目を凝らして
メジロの動きを注視するのだが
全体で10本以上の偽枝があるから
少しの間に数羽 捕獲の時もある。
初めて同行した年下の子は
自分の枝に止まったのを見るや
取れたぁーと大騒ぎしては
自分のカゴへと駆け出す始末で
言うまでもなくメジロの群れは
一斉に逃げて行ってしまった。
散々な結果となった 帰り道に
首を垂れ無言の反省ポーズの背に
「あれはないよなー」と非難するもの
初めてだからと慰めるもの
今度は飛び出さないと 約束しないと
連れてはいかないと説教するもの・・・
まぁ それはそれ
遊びの中で 昔の田舎の子供も
いろいろと
人間関係の信義や機微について
学習したものだ。
秋口に捕獲して冬のあいだ、
小さなカゴで飼っていたメジロを
多分、春休みの時だったと思うが
母から かわいそうだから
逃がしてやればと言われたことがある。
近くにいるメジロの鳴く声を聞いて
出たがっているよと諭された。
飼うことに少し負担も
感じていた頃だったから
その通りにしようと思い
小窓を開けっ放しにしたが
メジロはすぐには飛び出さず
少し間をおいてから縁側に飛び降り
そして次に、たどたどしく
7、8mほど飛んで庭先の枝に止まった。
小さく跳ねては止まりを繰り返した後
仲間の鳴き声のする方向に
上下する飛行を繰り返し飛んでいった
その様子を眺めていて
少し寂しい気持ちになったが 母は
「あんなに喜んで飛んでいったよ。」
「良いことをしたよ」と言ってくれた。
その後
二度と野鳥を飼うことはなかった。