薪ストーブ屋の活動記録


by country-log
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カテゴリ:Old days( 7 )

どんどん焼き


真壁町市街から湯袋峠へと向かう

山腹に 五所駒滝神社はありました。
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設置の現場確認で訪問です。

創建1014年で由緒深き神社です。
http://www.kankou-sakuragawa.jp/page/page000056.html

その帰り道 懐かしき光景に出会いました。
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小学低学年の頃までは私の地域でも 

どんどん焼きと呼ばれたお祭りでした。

調べたら 鎌倉の頃から行われていて

門松やしめ飾りで迎えた歳神様を

お正月の飾りを焼きながら 

炎と共に見送る意味があるんだとか。

何もなかった時代、両親、兄弟とで

冬の夜空に 激しい炎が立ち上がるのを 

怖くなる思いで 眺めましたが・・・


今は炉内のゆらめく炎を見つめてる。
by country-log | 2017-01-14 15:07 | Old days

メジロ


早朝の山道ウォーキングでは

数多くの小鳥のさえずりに囲まれる

そして時に メジロの鳴く声を聞くと

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小学高学年の頃の遊びだった 

メジロ獲りのことを思い出す。
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キャッチ&リリースなどはせず

家に持ち帰っては 

リンゴ箱を改造した巣箱で飼育した。

改造といっても 

フタだった箇所に金網を

張り付けただけの簡易なもので

そこに小枝を2-3本、

差し込んで止まり木とした。


捕獲に出かける前日には

トリモチを巻きつけるための

クリの木の小枝などを用意し

トリモチの粘着を確認したり

メジロの鳴き声を真似たりもした。

11月頃だったと思うが 

夜明け前の暗い山道を 

メンバー2、3人と20分位、歩いては

メジロと遭遇しそうな候補地に着くと、

それぞれが適当な松の木に

オトリかごをぶら下げ そして

その周りに偽枝を数箇所セットした。

さえずりが大きく、よく鳴く

オトリを持ち込むのだが

必ずしも現場で期待通りとはいかず

本番で決定力を欠く 

日本代表のようなメジロの時もあった。


野鳥は朝、起きると最初に 

小川のある谷に下っては水をのみ 

そして戻ってくる習性があるらしく

その時間帯まで身を潜めて

静かにメジロを待つことになる。

そして一群が近づいて来ると 

何とか自分のセットした偽枝に

止まらないかと 目を凝らして

メジロの動きを注視するのだが 

全体で10本以上の偽枝があるから

少しの間に数羽 捕獲の時もある。

初めて同行した年下の子は 

自分の枝に止まったのを見るや

取れたぁーと大騒ぎしては

自分のカゴへと駆け出す始末で

言うまでもなくメジロの群れは

一斉に逃げて行ってしまった。 

散々な結果となった 帰り道に

首を垂れ無言の反省ポーズの背に

「あれはないよなー」と非難するもの

初めてだからと慰めるもの 

今度は飛び出さないと 約束しないと

連れてはいかないと説教するもの・・・  

まぁ それはそれ 

遊びの中で 昔の田舎の子供も

いろいろと

人間関係の信義や機微について

学習したものだ。


秋口に捕獲して冬のあいだ、

小さなカゴで飼っていたメジロを

多分、春休みの時だったと思うが 

母から かわいそうだから

逃がしてやればと言われたことがある。

近くにいるメジロの鳴く声を聞いて 

出たがっているよと諭された。

飼うことに少し負担も

感じていた頃だったから 

その通りにしようと思い 

小窓を開けっ放しにしたが 

メジロはすぐには飛び出さず

少し間をおいてから縁側に飛び降り 

そして次に、たどたどしく

7、8mほど飛んで庭先の枝に止まった。 

小さく跳ねては止まりを繰り返した後

仲間の鳴き声のする方向に

上下する飛行を繰り返し飛んでいった

その様子を眺めていて 

少し寂しい気持ちになったが 母は

「あんなに喜んで飛んでいったよ。」

「良いことをしたよ」と言ってくれた。


その後

二度と野鳥を飼うことはなかった。

 
by country-log | 2016-06-18 16:22 | Old days

世は歌につれ・・・




昭和40-50年代のヒット曲


ワイルドワンズ-- 思いでの渚

今陽子--恋の季節

小川知子--ゆうべの秘密 

と並べても

「知らないでしょ・・?」


それでは 

尾藤イサオ--あしたのジョー

ガロ--学生街の喫茶店

辺見マリ--経験 ときても

「知らないかな・・?」


あべ静江-- コーヒーショップで

リリー -- 好きよキャプテン

西城秀樹-- ヤングマン ときたら

「知ってるかな・・?」


昨日の土浦市民会館

昭和へのタイムスリップを楽しんだが

しかし 尾藤イサオ (73才) 

元気良かったなぁー

2度の脳梗塞でリハビリ中の西城秀樹 

たどたどしい歩行だったけど

頑張っていた。


逆境の時にこそ その人の真髄が

見えると思っているけど

その感を強くしたステージだった。

フィナーレは団塊の世代

立ち上がってのヤングマン合唱だった。
by country-log | 2016-02-03 21:47 | Old days

アンパンマン



小学生の頃だったか・・手作りの遊具で遊んだ
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名前は 「てやてや」 と言ったが 

なぜ、そうなのかは 不明だ。

誰もが持っていたわけではなく 

2-3人で1台という感じで

3台くらいを 縄のロープを引いて

里山の中に運び込み、50-60mくらいの

坂道を走らせて遊んだ 

結構なスピードになるから 

棒きれのブレーキも付けてあるが

途中で折れたりすると 

スピードの制御が効かなくなり

カーブの所では 見事にブッシュの中へと

転げ落ちたりもした。

このクラッシュが最高の見せ場で 

又一番 笑える時で 

転げ落ちた本人も尻なんかをさすりながら 

泣き笑いの顔で 生還したりした。 

メカニックを紹介すると 

車軸は堅木のカシで 

適度な二股の枝をよく探したりした。

車輪には マツを使用している。

なぜか本当のところは不明だが

多分、松の油脂が乾燥のひび割れに

効果的からかと思う

週末ごとによく遊んだが

その間は 小川に車輪を浸して割れを防いだ

車輪と軸のところには 

グリースとかタールを付けて 

滑りをよくしてもいた。 車体には

みな思い思いの名前を書き込んでいて

少年ジェットとか 鉄人28号なんて付けたりした。
 

大体、見当はついていると思うけど

乗り方はというと 

一人が杉板の座席に座り 縄を手にし

両足は 縄の付け根あたりに載せて 

方向をコントロールする。

もうひとりは ボブスレーのように 

走り出す時に 座っている相棒の肩あたりを掴んで 

勢いをつけ スピードが着いてきたら

車軸に両足を載せ 二人一体となり 

バランスを取りながら 走り降りた。

1日に何回も何回も駆け下りるから

その都度 子供たちの嬌声や

叫び声は里山にこだました。

まだその中に入れない幼い子供たちも 

いつか自分もと 思っていた筈で・・・・・


今年は 年末始休暇を利用して 

この 「てやてや」 を作る予定です。

息子達には作ってあげられなかったけど

その息子に作ることになった 今は・・・ 


車体名は アンパンマン かな?  
by country-log | 2015-12-17 14:13 | Old days

雪の思い出

小学6年の時

今日のような大雪が降った

あの頃は20-30cmくらいの雪が毎年、

2、3回は降っていたと思う
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大雪のために 休校などは

当時 無かったような気がする。 

自転車では登校出来なくなった 

膝くらいまで積もった雪の道を 

いつもの登校仲間と 

相当な遅刻をしているのも構わず

雪と戯れながら 学校へと歩いた


授業は始まっているだろうし 

学校に着いたら 

どんな大目玉を食らうのだろう・・? 

ゲンコツでは済まないな・・・?

などと思いながら

校門から教室までの校庭を歩いて行くと

教室の窓から 級友がこちらを見て 

来たーぁ!と こちらを指している。

(これは完全に・・ やられるな・・・) 

と 戦々恐々、教室の戸を開くと・・・

担任は・・・

(よく来たなぁー・・・ 大変だったろう・・?) と

叱るどころか 気遣ってくれたのだ


あの時代に 蔵王にまで

スキーで出かけていたO先生は 

その日の午後  

校庭の坂道に 積もった雪を 

ゲレンデに見立て 

クラス全員 順番にスキー靴を履かせ

数秒ではあるが 記憶に残る

スキー体験をさせてくれた


その日から 以前よりも増して

お気に入りの先生となったが・・


残念なことに O先生は 

若くして急逝した 


大雪となる度に 

この日のことを 思い出す
by country-log | 2014-02-09 16:26 | Old days
シュートが決まった2点目は 

久しぶりに ヨーーーし と声が出た  が

家を出るときには2:3 車の移動中に追いついて

終わってみたら3:4 イタリア勝利 

うーーん 勝ちきるのは難しい・・ 

このスコア 確か・・・

あの時の・・・と思って調べたら やはりそうだった

1970 ワールドカップメキシコ大会 準決勝

イタリア: 西ドイツ 延長の末イタリアが

4点目を決めて勝利し ブラジルとの決勝へ進むのだが

この時の疲労が残っていて 決勝はブラジルに完敗してしまうのだ

この時のブラジルには あのペレがいた。

準決勝で負けた西ドイツにはベッケンバウアー 

得点王のゲルト・ミュラーなどがいた 

この頃 日本でのワールドカップは 一部のサッカーファンが

見ていた程度で TV衛星中継も準決勝からだったと記憶する



今日、日本が勝利していたら 今夜 じっくりと再放送をと

思っていたが・・・

あそこでなァーと言いながらのビールになってしまった ?

マァー イタリアには43年前の轍を

踏まないように、してもらいたい

日本も イタリアから3点取ったのだから

残るメキシコ 引き分け以上やってもらいたい 

そうすれば マァー 出場国として恰好がつく


つくば店からも ブログ始めました

こちらは 細かく、深く 薪ストーブを語ります。 

覗いてください 

http://tsukuba21.exblog.jp/19661803/



 
 

 
by country-log | 2013-06-20 18:32 | Old days

楽山 山岳会

あずさ2号でなくて
アルプス7号、8号が走っていた頃の
新宿駅中央線ホーム
今は山ガールと呼ぶが 
当時の山男、山女達は何時間も
ホームで行列し、夜行で信州の山々に出かけた。

最初は私と後輩2人の山行だったが、
そのうち6人の山岳会となった。
きつい工程は組まず、楽に行こうと
楽山山岳と、自然に皆で呼ぶようになったが
主導した私と同僚は、それぞれ
サッカー、ハンドボールで
結構、ハードな時代を過ごしていたから
登山工程は皆にきつかったと思う。

表、裏銀座 剣、立山 南アルプス、
八ヶ岳 前穂、奥穂などなど
 
つい最近、我が家の倉庫のOldaysの品々を
見つけ出され、すごいと言われたが・・。

カップ、ケトル ザイル カラビナ、バーナーなどの
品々からピックアップしてきたのが・・・。
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今時 木のピッケルは無いらしい。
(アイゼンは意外に錆びていなかった)

使い方を聞かれたら 得意げに言うしかない

・・・これは 雪渓の滑落の時に 

こう持って 反転しながら 

雪面に打ち込んで 

ブレーキを かけるのよ・・・。


これで又 行ってみるか!


(ムリ ムリ! ヤメロ ヤメロ!) 


 

 
by country-log | 2012-10-27 23:46 | Old days